



白と黒×私の哲学
■|山紫水明
この世に生を受けたものは、すべて老いていく。
しかし、生まれたばかりの頃は、自分が老いることなど知る由もなく、目の前のすべてに希望を抱き、溢れる力で逆流に挑むことができた。
勢いのままに進み続けるうちに、気づけば全身に傷を負い、次第に自らの老いに気づくようになる。
そして、始まったばかりの「老い」という現実と向き合う時が訪れる。
果たして、これから歩む人生の道は、数十年後にどのような景色を描いているのだろうか。振り返る時、自らの足跡が『山紫水明』のごとく彩り豊かな軌跡であったなら、どれほど誇らしいことだろう。
その時、ふと自分の手を見つめ、思わず笑みがこぼれる。
「老いとは、悲しむべきものではない。これほどまでに味わい深く、楽しい道は他にない。」
私はそう感じた。

——華のある点。
無数の点が散らばり、それが集まることで華やかな姿を形作る。
「華点」誰もが華のある一つの点である。

■|鳳凰(弌)
鳳凰とは、死者を天界へと導く霊鳥である。
人は皆、死を恐れる。なぜか? それは、必ず訪れるものでありながら、その先を誰も知らないからだ。
どのような形であれ、生を受けたものは必ず死に向かう。
しかし、先人たちはその「死の先」を見ようとし、やがて一つの希望にたどり着いた。――それが、鳳凰の姿である。
死後の世界へと旅立つ瞬間、天から美しい霊鳥が迎えに来る。
そう信じることで、人は「死」を恐れず、今世を精一杯楽しむことができるのだ。
いつか鳳凰が迎えに来るその日まで、私は人生を謳歌しよう。
そう、心に決めた。
——白と黒の間で、曖昧さを保ち続ける。
私のイメージは、いつも霧の中にある。
山々を包み込む深い霧は、すべての境界線をぼやかし、曖昧に変えてしまう。
その曖昧さこそが、物事の本質に問いかける鍵なのだと、私は感じてやまない。
■|蛍丸
熊本は阿蘇――。
阿蘇神社に祀られし宝刀【蛍丸】。
鎌倉の時代に鍛え上げられたその御身は、太平の戦火に呑まれ、いずこへか沈んだ。眠る場所は深き海の底か。
しかし、今一度、真の姿を得て再びこの地に舞い戻り、社へと奉られた。
その昔、傷ついた刀身を癒す光が「蛍の光」と見えたことから名付けられたと伝えられる。
今の世、再び鍛え上げられた蛍火は、人々の祈りと願いの結晶に違いない。
振るわれることのない鎌倉刀の淡き記憶。
争いの苛烈な光は遥か遠くに消え去り、平和を願う蛍の光だけが静かに明滅している。

——幸せとは、いつも最小の単位にあると思う。
一つ一つの積み重ねが、やがて世界を作り上げる。
幸せは、いつも小さなものから始まっているのだ。
量子と神話、そして霧──
それらをつ なぐ私の〝 時間哲学 〟
1. はじめに ― 私たちは〝 電気信号 〟で世界を認識している
私たち人間を含む生き物は、脳や神経から発せられる電気信号によって、外界の情報を感知し、やりとりしています。
私は、この電気信号が「時間」という枠組み。つまり〝 過去や未来 〟を越えて、何かを〝 観測 〟したり〝 影響 〟を与えたりする可能性があるのではないかと考えています。
ちなみにですがここで私が使う「電気信号」という言葉は、神経を流れる厳密な電気的伝導を指しているのではなく、〝 意識 〟というエネルギーや情報の流れをあらわすメタファー(比喩)として用いています。
一般的に、科学の世界では現象を証明するには「測定装置」による客観的な観測が必要とされており、〝 意識 〟そのものが測定や実験の要素として扱われることはほとんどありません。
ですが、もしその測定装置が「人間」や「生き物」のように、自ら〝 意識 〟を持つ存在であるとしたら?
このあと私が展開する仮説も、少し違った角度から納得していただけるかもしれません。
──心で見る顕微鏡=生き物の感覚器官。
実は私には、少し不思議な「感覚」が働くことがあります。
あるとき、壁の向こう側。つまり、私の視覚では直接見えない場所に「虫」がいることをはっきりと認識できた体験がありました。
ただし、それは虫の姿を直接見たわけではありません。
虫がいるとされる場所の周囲に、黒い〝 モヤモヤ 〟のような流れが視覚的に発生していたのです。
このような現象は、虫に限らず動物などにも起こることがありました。
その場合も同様に、動物の姿そのものは見えないのに、その存在する場所の周囲に黒いモヤのようなものが現れるのです。
ただし、これらの感覚は常に発生するわけではなく、断続的です。
そのため、私の体験が他の誰かにも共有できるとは限らず、説明するのが非常に難しいものでもあります。
もし、体験的に説明できるのであれば、すでにその場には存在しないはずのものの「匂い」を感じることがありますよね。
これは、あたかもその場に過去の出来事の〝 痕跡 〟が残っているかのような感覚です。
つまり、「匂いを感じる」というのは、その場所でかつて起きた出来事を感覚的に〝 確認している 〟ようなものと考えていただければ、視覚的に存在していないはずのものを私たちは認識できている状態。と言えるのではないのでしょうか。
共有できないもどかしさは残りますが、私は、生き物から発せられる見えない状態での存在、出来事をはっきりと体験しています。
そして、それが今の作品や創作にも少なからず影響を与えているのです。
なお、私はオカルト的な現象を安易に信じているわけではありません。
幽霊の存在についても、正直なところ、非常に懐疑的に感じています。
ですが、自分自身の体験を踏まえると、「絶対にない」とも言い切れない。それが正直なところです。
仮に幽霊や妖怪のような存在が本当にいるとしたら、それらは人のように明確な姿形を持っているのではなく、むしろ〝 黒い粒 〟のようなエネルギー体、もしくは誰かの「意識」が放つ電気信号が、私の脳に何らかのかたちでつながっている状態なのではないか、と私は考えています。
こうした異常ともいえる体験を踏まえ、これから述べることは、あくまで私個人の仮説であり、妄想に近いものとして受け取っていただければ幸いです。
この考えを説明する前に、ひとつ例を挙げてみましょう。
2. 偶然では済ませられない〝 意識のつながり 〟
日本には「噂をすれば影が差す」ということわざがあります。
ある人の話をしていると、その本人が偶然現れる──こんな体験をしたことがある方も多いのではないでしょうか?
私は、これは単なる偶然ではなく、噂された側の〝 意識 〟が、無意識のうちに情報として伝わってきているのではないかと考えています。
つまり、意識=電気信号のようなものが、物理的な距離や時間を超えて届いている可能性があるのです。
3. 幽霊現象も、電気信号としての〝 意識の残像 〟かもしれない
この考えは、「幽霊」の存在についての私なりの解釈にもつながっています。
一般に人は死ぬと霊になると言われますが、私の考えでは、「意識としての電気信号」が死後も世界にとどまり、時間差で人間や機械に影響を与えているのではないかと思うのです。
私自身、こんな経験をしました。
要介護だった祖母は、生前ベルを使って介助を呼んでいました。
祖母が亡くなり、仏間で安置されたあと、別の部屋に置いていたそのベルが、誰も触っていないのに突然鳴ったのです。
私は、これは霊的な現象ではなく、祖母の「意識の残像」がベルという物理的装置に干渉した結果ではないかと受け止めました。
もし、このような現象を「量子」という存在として考えるのであれば、非常に懐疑的なものへと切り替わると思います。
なぜなら量子はひとつの場所にとどまり続けることができず、非常に捉えにくい性質を持っています。
そのため、たとえ「何かがそこにある」と感じられたとしても、それは物理的に干渉できるものではなく、ただ通過してわずかな反応を示す程度のものと考える方が自然でしょう。
仮に「幽体」や魂のような存在があったとしても、それと意識的に会話したりやりとりをしたりするのは難しいと思われます。
せいぜい、音=周波数を介して、私たちの意識や感覚に影響を与える「共鳴」のような現象が起こる程度かもしれません。
こうした視点に立つと、「死者と会話する」という考え方は現実的とは言えず、むしろ、亡くなった人の意識が「霧のように散った」形で残り、それが生きている人の神経や感情にわずかに影響を与える…といった現象として捉えるほうが、より現実に即しているでしょう。
そう考えると、昔から行われている「降霊術」なども、完全に非科学的とは言い切れず、人間の意識や感覚を通じた一つの理にかなった試みと言えるのかもしれません。ただし、本当に言葉としてのメッセージを伝えることができるのかという点には、やはり疑問が残ります。
それでも、今後の技術の進歩によっては、こうした不思議な現象をある程度再現したり、類似の体験を得られるようになる可能性もあります。
個人的には、それが実現する日が来てほしいと願っています。
4. 量子力学との出会い ― 目に見えない世界を解き明かす学問
「まだ科学で解明されていないだけで、いずれ何らかの形で説明できるのではないか」と、感じることがたくさんあります。
そんな私が強く惹かれた分野が量子力学です。
日常的な物理現象を扱うのは古典力学ですが、量子力学はその枠を超え、目に見えない、非常に小さな世界の不思議を探る学問です。
しかし反面、量子力学という分野は、取り扱いに細心の注意が必要だと私は感じています。
というのも、その解釈によっては、スピリチュアルな方向へと誤解されやすい危うさを含んでいるからです。
もちろん、量子力学はすでに一部の物理現象において制御・応用されており、私もその点に関しては完全ではないにせよ、ある程度理解しているつもりです。
たとえば「量子の状態は観測された瞬間に決定する」という現象がありますが、これは不思議に思える一方で、実際には人間が認識できる範囲における〝 状態の一つ 〟にすぎないのかもしれません。
ひょっとすると、私たちが観測していないだけで、他の状態も同時に存在している可能性もあるのです。
だからこそ、私は量子力学を「不確実性」や「重ね合わせ」を含んだ確率論的な学問として捉えるべきだと考えています。
5. 研究者になれなかった私が選んだ
〝 絵 〟という表現手段
本来なら私は、未だ解き明かされていない世界を解明する研究者や、未来技術を開発する技術者の世界に進みたかったのですが、育った環境の事情から、その道は諦めざるを得ませんでした。
しかし、その代わりに私が選んだのが「絵」でした。
「捉えられる範囲、絵で伝えよう」
──そんな思いで絵を描くようになったのです。
絵を通してなら、専門知識がなくても直感的に伝えられる。
それが、私にとっての〝 情報伝達の手段 〟となりました。
6. 二重スリット実験と、「観測」による現実の決定
量子力学には、「観測した瞬間に状態が確定する」という特性があります。
この性質が象徴的に示されるのが「二重スリット実験」です。
これは簡単に言うと、
-
観測しているとき:電子は粒のように振る舞い、はっきりとした位置を持つ
-
観測していないとき:電子は波のように広がり、曖昧な状態にある
というものです。
つまり、〝 見ている 〟からこそ、現実が定まっているとも言えるのです。
たとえば、あなたのスマホも「見ているからスマホ」なのかもしれません。
見ていないときには、もしかするとバラバラになっていたり、別の状態に変化している可能性すらある──そんな不思議な考え方です。
そして、「二つに分かれる可能性がある」というのは、あくまで仮説のひとつに過ぎません。
私たちは常に、どちらか一方の状態しか確認することができません。
だからこそ私は、目に見える世界の裏側で、もうひとつの世界。いわば〝 パラレルワールド 〟のようなものが同時に存在していると考えるべきだと思うのです。
この考え方を私自身の人生に当てはめるなら、こう言えるかもしれません。
もし私が男性であったなら、今とはまったく違う道を歩んでいた可能性があります。
たとえば、絵を描く代わりに、科学の世界で研究を続けていたかもしれないのです。
量子の世界には、「複数の可能性が同時に存在している」という仮説があります。
この視点から見れば、今こうして絵を描いている私と、論文を書き続けているもう一人の私。
その二人が、まるで別々の現実の中で同時に存在しているのかもしれません。
7. 他者の意識が〝 現実 〟を形作る可能性
ここで私が興味深く思っているのは、「現実を決定づけるのが自分自身の意識だけとは限らないのではないか」という点です。
誰かの意識、思念、つまり電気信号のようなものが、私たちの〝 見ていない現実 〟を決めている──そんな可能性があるのです。
言い換えれば、「未来」は自分だけでなく、他者の意識によっても形作られるのではないかと私は考えています。
8. 過去と未来は切り離せない ― 量子力学的視点で見る「時間」
時間を考えるとき、「未来」と同時に「過去」の存在も無視できません。
今朝何を食べたか、さっき何をしていたか──それが「過去」の記憶です。
多くの人は、過去は〝 すでに起きたこと 〟で、もう変えることはできないと考えています。
しかし、量子力学の一部では、過去もまた「観測によって変化する」可能性があるとされています。
つまり、〝 今の意識の持ち方 〟が、〝 過去の意味 〟を変えてしまうのです。
これは、ただの心理的変化ではなく、物理的な可能性として語られている点が興味深いのです。
9. まとめ ― 応用できそうな側面として、意識が現実を形作る2つの仮説
以上のような考えをもとに、私は以下の2つの仮説にたどり着きました:
① 他者の意識によって未来が決定される可能性
他人の意識や観測が、まだ確定していない未来の状態に干渉する。
つまり、「私たちの未来」は誰かの〝 見えない観測 〟によって既に決まりつつあるかもしれないのです。
② 思い込みを変えることで過去も未来も変えられる
過去の出来事そのものは変わらなくても、「その意味の捉え方」を変えることはできます。
そして、その変化が現在の意識や行動に影響を与え、未来の選択肢を変えていくのです。
10. 終わりに ― 見えない何かに訴えかける〝 意識の力 〟
これらの仮説から私は、人には「見えない何かに訴えかける力」=意識によって現実を変える力があると考えるようになりました。
これはオカルト的な話ではなく、〝 量子力学的な視点から導き出される「可能性」 〟として受け止めています。
──日本古来の神々をモチーフにして
幼い頃から、私の心を惹きつける自然現象がありました。
それは、〝 山々に立ちのぼる「霧」 〟という現象です。
日本人は古来より、山に神が宿ると信じてきました。
神社で祀られている神々もまた、目に見えるものではありません。
多くの場合、それは自然の驚異や恩恵そのものとして捉えられ、自然の中に神の姿が重ねられてきたのです。
私にとって「霧」は、その神の存在を最も感じる現象でした。
■|目
一体、誰が決めたのか。
一体、誰が見ているのか。
私は何を決め、何を見ているのか。
いつの間にか、盲目になってはいないだろうか。
輪をなして飛ぶカラスたちの先には、一体何があるのか。
自分以外の流れに、ただ流されてはいないか。
―― 一度、瞬きを止め、静かに心を落ち着かせてみる。
自分の心を決めたなら、そっと薄く目を開けて見るといい。
そうだ、確かに私は「カラスではない」。
体の色こそカラスと同じ黒だが、姿形は全く異なるではないか。
あなたもきっと、そうであろう。

微細で不確定な霧と、量子の揺らぎ
霧は、一粒一粒がとても細かく、不確定で、触れられそうで触れられない存在です。
その曖昧さに私は、量子力学で語られる「粒子の揺らぎ」を重ねて見てしまいます。
霧が集まり、やがて大きな流れとなって山を包むように、私たちが感じている「時間」もまた、目には見えないエネルギーの連なりでできているのではないでしょうか。
この流れの中で、ふとどこからともなく訪れる〝 直感 〟。
それはきっと、古来の神々が私たちに語りかけるアプローチなのだと思うのです。
だから私は、霧のように曖昧でありながら確かにそこにある「神の息吹」を、点描という手法で描き出そうとしています。

■|目
凝らせ、凝らせ、よく凝らせ。
うねる先に、何がある。
もっと、もっと、深く凝らせ。
広げた手には、何がある。
疑え、疑え、さらに凝らせ。
開いた口から、何が出る。
驚け、慄け、目を見張れ。
一度決めたなら、もう迷うな。
それでもなお、疑念のうねりの中に答えを探せ。
掴んだものは、決して離さず、しっかりと持つといい。
過去と未来──目に見えない時間の中に、神を探す
時間には「過去」と「未来」があります。
過去は、すでに起こったこと。私たちはそれを記録や記憶として振り返ることができます。
この領域においては、神の存在は必ずしも必要とされないかもしれません。
けれども、未来は違います。
未来を見通すには、「予測」以上のものが必要です。
なぜなら未来とは、いつ・どこから・どのようにして訪れるのかが分からない〝 未確定な現象 〟だからです。
そしてそれは、誰かの意識(エネルギー)によって決定されるものでもあります。
■|神鹿
「奥山に 紅葉踏みわけ鳴く鹿の 声きく時ぞ 秋は悲しき」
――猿丸太夫(古今和歌集)
寂しさに声を上げ、紅葉を踏み鳴らす雄鹿。
この歌は『人恋しさ』、特に恋愛の切なさを詠んだものとされるが、私はそこに、紅葉が散りゆく様と共に「必衰の哀しみ」を感じた。
明治の時代に建てられた『鹿鳴館』。
その名の由来は、「鹿は餌を見つけると鳴いて仲間を呼ぶ。人々が集う場にふさわしい」という願いから名付けられたという。
貴族たちが集い、華やかな舞踏会が開かれた絢爛豪華な舞台も、今や跡形もなく消え去った。
夏を前に淡く白い花を咲かせ、夏の終わりには赤く染まる鬼灯のように、烈火のごとく人々が恋焦がれ、集いし場も、紅葉の季節には静かに必衰の音を奏でるのであった。

神とつながるために──神の存在は果たして、形あるものか?
神とは、単に姿形を持つ存在ではなく、私たちがこれまでの経験を深く理解し、そしてこれから〝 他者の意識を受け入れていくための「橋渡し」 〟のようなものかもしれません。
私たちが「神を理解する」という行為は、過去から積み上げてきた自分自身の物語と、未来に向かって広がっていく〝 他者の想い 〟に、どれだけ意識的に寄り添えるかにかかっているのではないでしょうか。

■|白狼
明治時代――。
西洋の文化が流れ込み、和の文化は次第にその姿を変えていった。
明治政府が進めた欧化政策の波に呑まれ、日本本来の美しさは静かに消えてゆく。
かつて山々を駆けた『ニホンオオカミ』もまた、人々の意識の変化に抗えず、その姿を消した。
恨めしそうに背を向け、深き森の奥へと消え去ったあの日――。
消えたのは、オオカミだけではなかったのかもしれない。
点描という手段で、過去と未来を描く
私はスピリチュアルな考え方を、完全に否定しているわけではありません。
なぜなら、そうした発想の中に、これまで解明されてこなかった現象への「新しいヒント」が隠れているかもしれないと感じているからです。
たとえ今は実用化されていなくても、100年後には、当たり前のように生活の中に溶け込んでいる技術や概念になっている可能性もあります。
それは「未来に起こること」であり、私たちはその未来へ向かう「過程の中にある存在」なのだと思います。
「共感とは、自分の経験や記憶を通して感じること」。
この言葉の通り、私は作品を通じて、見る人の中に眠る〝 過去の記憶 〟をそっと呼び起こしたいと願っています。
私の意識と、誰かの記憶がどこかで響き合い、そこから〝 新しいパラレルな未来 〟が生まれてくる。
それこそが、創作を通じて起こる小さな奇跡だと信じています。
私はこの不思議な世界を、「物理的なパラレル(=目に見える現象)」と「感覚的なパラレル(=無意識に働きかける感性)」という、二つの次元で捉えようとしています。
そして、その二つをつなぐ手段として、「点描」という技法を選びました。
それはまるで、目に見えないものを測定し、可視化する装置のような役割を果たしてくれるのです。
……とはいえ、やはり本当の意味では、幽霊や神様の存在を解明することは難しいでしょう。
でも私は、心のどこかで誰よりも「信じたい」と願っているのかもしれません。
目に見えないもの、触れることのできないもの。
それに言葉でしか近づけないと知りながらも、私は探し続けてしまう。
だからこそ、今もこうして、限りある時間の中で一つひとつ、点を打ち続けているのでしょうね。
鷹尾太郎丸
Born_1995年|熊本県出身
ボールペン一本で世界観を創る点描画家。
とにかく「シンプル」「引き算」を意識したデザインや「見たことない新しさ」を追求。
●|活動記録
現代アート分野で点描アーティストとして活動。
ボールペン1本で描いた作品が評価され、海外アートフェアへの参加権を手にする。後に草間彌生を始めとする世界的アーティストの作品が並ぶ海外のアートフェアにて作品が完売。
別のジャンルでは、音声作品を制作するサークルの副代表兼デザイナー。音声アプリを提供する企業さまより声がかかり、最初の作品の脚本と人物のデザイン、イラストを手がけた。
新作は音声アプリ【ピカピカ】にて連載中。
他、ポケモンカードイラストコンテストで予選通過率約3%の中に入る。全国で販売されるイラスト雑誌『イラストノートpremium|特集: 中村佑介のワークスタイル』企画、52人のイラストレーター達で紹介。
◯|海外アートフェアなどの展示・実績
作品の独創性が評価され、韓国の大邱(テグ)で開催される「DAEGU ART FAIR」での展示など、ギャラリー様のオファーなどで活動を行なっている。
◯|音声コンテンツでの活動
音声コンテンツ制作/同人サークル【MIKKAGO】の所属デザイナー・副代表。
自身が企画した音声コンテンツ「バンカラ軍楽Show」が、音声コミュニティを提供する制作会社【夢の光株式会社】様の運営するアプリ「ピカピカ」にて初公開となり、4話までの脚本を担当した。
以後、音楽TEAM『fuksahi』に代表のバトンを渡し、TEAM_BanShoから数名を引き抜く形で音声同人サークル【MIKKAGO】を結成。
正式メンバーは3名。鷹尾は副代表・所属デザイナーを主軸に、オリジナル企画開発・声優プロデュースにも挑戦中。
■|夢の光株式会社 様 基本情報
本格的中華BL作品を始め、数多くの音声作品を発信する中国発のIT企業。
自社ライバーさんを輩出する他、日本国内の有名声優さんの起用。
東京を中心に広告を打ち出し、音声コンテンツに力を入れている。
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Exhibition
◆|MegRu co.,Ltd.sponsored,🇫🇷
”Japan Expo in Paris”
◆|QUALIART co.,Ltd.sponsored.🇬🇧
“DISCOVER THE ONE JAPANESE ART in LONDON 2018”
◆|AAA Gallery.sponsored.🇯🇵
『神業展』
◆|QUALIART co.,Ltd.sponsored.
第27回国際平和美術展🇯🇵&🇦🇹
国内:神奈川県_神奈川県民ホールギャラリー
海外:オーストリア_シェーンブルン宮殿(世界文化遺産内にて展示)
*2020*
◆|QUALIART co.,Ltd.sponsored.
第25回「日本の美術」全国選抜作家展🇯🇵
上野の森美術館
《《 海外アートフェア 》》
◆|Gallery Edel.sponsored.🇰🇷
「Daegu Art Fair 2020」
*2021*
◆|QUALIART co.,Ltd.sponsored.
第26回「日本の美術」全国選抜作家展🇯🇵
上野の森美術館
書籍
◆|MegRu.sponsored.🇯🇵
「ART BOOK OF SELECTED ILLUSTRATION」
◆|Mayumi Project.sponsored.🇯🇵&🇦🇺
「EXPRESSION」
*2022*
◆|ボイスドラマ【バンカラ軍楽Show】
【夢の光株式会社】様が運営するアプリ「ピカピカ」にて配信
企画・脚本・デザイン・イラスト監修
*2023*
◆|ボイスドラマ【救世の魔法使い】
【夢の光株式会社】様が運営するアプリ「ピカピカ」にて配信
デザイン・イラスト監修
《《 海外アートフェア 》》
◆|Gallery Edel.sponsored.🇰🇷
Daegu International Art Fair【Diaf】/韓国3大アートフェア
*2024*
◆|VOCALOID【ギンピギンピ】
共同制作依頼・デザイン・イラスト監修
書籍
◆|誠文堂新光社.sponsored.🇯🇵
『イラストノートpremium
特集: 中村佑介のワークスタイル』企画52人のイラストレーター達で紹介
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・新規プロジェクト対応中・・・。
・点描作品制作中・・・。
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